全人格労働とは?無自覚注意のハイモチベーション社畜の末路が悲惨

全人格労働のイメージ

『全人格労働』という言葉があるそうですが、全人格労働とは、人生が仕事中心に回ってしまい自分の生活が破綻してしまうことだそうです。

なんとも恐ろしい言葉があるもんだと思うのですが、2016年のゴールデンウィークも始まろうというこの時期に仕事の事ばかり考えている人は要注意かもしれません。

 

全人格労働という言葉を聞いて真っ先に思いついたのは『社畜』という言葉ですが、無自覚でハイ・モチベーションを保とうとし過ぎるると、いつのまにやら全人格労働の人生を強いられていることに気づかず、末路が悲惨な状況になってしまっていた・・・、なんてことも起こりうるかもしれませんね。

今回はできるだけわかりやすく、この全人格労働について解説していきたいと思います。

 

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全人格労働とは?

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では改めて、全人格労働とは何なのか見ていきましょう。

全人格労働という言葉は、産業医の阿部眞雄氏が著書『快適職場のつくり方』の中で提唱した名称で、『労働者の全人生や全人格を業務に投入する働き方』を指しています。

 

まぁ、少々わかりにくい言い回しですが、言い換えると『仕事に振り回される人生』という感じでしょうか?

要するに、仕事に人生を賭けすぎるということに警鐘を鳴らしているということですね。

しかし、自分の意志で仕事に人生を賭けているというよりは、社会の巧妙な仕組みによって半強制的にそういう考え方になるように仕込まれていることを問題視しているそうで、阿部眞雄氏はこの全人格労働に陥ってしまう人が年々増加していることを指摘しています。

 

業務のIT化や仕事の効率化、サービスの向上が当たり前という現代社会において、労働者への負担はどんどん大きくなっていますよね。

しかし、デフレや不況の波にあおられ、給料は上がらない状況でのこうした負担は、いたずらにストレスを蓄積させていき、やがてうつ病や身体的不調を引き起こすとされています。

 

一生懸命仕事して、社会奉仕した結果がこれかよ・・・。

 

労働者の多くは、日常的にそういったストレスと戦っています。

しかし、うつ病や心身の不調をきたせば、社会生活の離脱も余儀なくされてしまうこともあり、それがまた不安と恐怖心をあおり、悪循環に陥ってしまうと考えらます。

思わずため息が出てしまいますが、いつのまに世の中はこんな風に変わっていってしまったのでしょうか?

その原因のひとつとして、やはり労働としての対価である賃金の引き下げが問題となっているようです。

ドイツの社会学者Siegristらが提唱した職業性ストレスを評価する理論的モデルでは、努力に対してお金や会社からの評価など「報酬」が少ないと感じるときにストレスを感じるとされ、うつ病や心臓病などのリスクが増加するという。

引用元:http://news.yahoo.co.jp/feature/154

 

20年前なら、年収300万円の時代がくると不安をあおられたものですが、結局、フタを開けた2016年現在においては、年収200万円時代の突入とまで言われています。

さらにサービス残業や年間休日の減少なども相まって、労働環境は非常にきつくなってきている状況での賃金の低下…。

この先、いつ報われる時がくるのかわかりませんが、責任感が強く、真面目に職務を全うしようとする日本人の性格と、過酷な労働条件・環境とのバランスが反比例して崩れたことにより、労働者が割を食う形になっていることは間違いなさそうです。

無自覚注意な全人格労働

全人格労働のイメージその2

全人格労働は無自覚であるところが大きな問題だと考えられますが、横にならえの日本人にとって、この問題は各々で防御していく必要があると言えるでしょう。

なぜなら、本来あなたと手を結ぶ関係であるはずの会社や社会が作っているストレスにより、全人格労働という問題が起こっているからです。

そして、多くの労働者が自分の意見を尊重させるよりも、周りの目や立場を優先させることでこの問題を先送りにしています。

 

しかし、先送りしたところで、今の状況がよくなるかどうかの保証はありません。

 

働けど働けど状況が変わらない世の中でギリギリまで頑張ろうとする姿勢は、自分の限界がくるまでのチキンレースをしているのと変わらないのです。

もちろん、賭けているのは自分の人生なのですが、多くの人はそのことに関して無自覚です。

 

怖くないですか?

無自覚の内に参加させられるチキンレースって。

仕事をすればするほど、人間らしい生活から遠のく全人格労働という問題。

90年代に始まったリストラから、現代に至るまで、小さく小さく労働者は切り捨てられてきましたが、その中で私たちは常に椅子取りゲームに参加し、そして、それは今もなお終わりを迎える様子はありません。

もちろん、悲観だけしても仕方がないのですが、労働者たちは、このような状況で仕事をし、生活が成り立っていることを常に自覚しておく必要があります。

なぜなら、座り心地の良い椅子は年々減らされているわけですからね。

 

労働者の多くは、疑うこともなく真面目に働いています。

そのスタンスは高度成長期には大きな原動力となり、その分のリターンがあったことは間違いのない事実ですが、いまはそんな時代とは正反対です。

以前と比べて大きな夢や希望が叶いにくい時代に、うっかり扇動させられハイペースで頑張りすぎてしまうと、思い描いていた理想と違う結果に失望することも大いにあり得るのではないでしょうか?

全人格労働は、そんな人たちがまんまとハマってしまうものだとも言えます。

冷静に世の中を見て、賢く立ちまわる余裕は常に持ちつづけていたいですね。

ハイ・モチベーション社畜の末路が悲惨

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全人格労働という言葉を聞いて、まず思い浮かんだのは社畜という言葉です。

社畜の意味は以下の通り。

社畜(しゃちく)とは、主に日本で、勤めている会社に飼い慣らされてしまい自分の意思と良心を放棄し奴隷(家畜)と化したサラリーマンの状態を揶揄したものである。

「会社+家畜」から来た造語で、「会社人間」や「企業戦士」などよりも外部から馬鹿にされる意味合いを持つ。

昔の「ガリ勉」に近い使われ方。

引用元:Wikipedia

 

社畜にも色々なタイプがあると思うのですが、いわゆるハイ・モチベーションを保つ意識高い系の社畜なんかは、この全人格労働に陥っているパターンが多いですね。

つまり、その先に目に見えて実感できる成功がなければ、結局は全人格労働である可能性があり、その先には生活破綻が待ち受けているかもしれないからです。

 

もちろん、それで精神状態も安定していて、健康的に仕事をこなせているのであれば問題ありませんが、世の中の風潮がそれを強いるものであることから、無理してその環境に合わせていると、その末路は悲惨なものになることも十分に考えられます。

特に悲しいのは、頑張ったのに報われず、激しい失望感に襲われてうつ病や統合失調症に陥ってしまうというケースですが、現代において、これは何も珍しいことではなく、そこまでいかなくても、長時間の残業や休日出勤で、結婚や妊娠するタイミングを逃すということもよくあります。

 

そもそも労働とは生活するために行うものなのですが、いつしか夢や目標を達成するためのものであったり、与えられた仕事をきっちりこなすといった、道徳的意識の元、過重労働を強いられてしまっているのが今の世の中です。

それは日本という国を本当に豊かにしてくれたのですが、さらに効率よく、精度を高めていくという風潮はとどまることを知らず、厳しいノルマや販売競争に我が身を削る労働者が全人格労働を強いられ、うつ病やメンタルヘルス不調などで不本意なリタイアを迎える人たちが増えていることは、決して無視できない問題です。

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今回は、全人格労働について色々と書いてっみました。

資本主義社会のスーパーバランスにおいて、持つ者と持たざる者の明暗が分かれた今、人生を犠牲にして仕事に捧げることのリスクは以前にも増して大きく、うっかりすると想像以上に人生設計が狂ってしまうこともあるでしょう。

日本人が働き過ぎだと言われているのは今に始まったことではありませんが、それに対する労働対価が下がっていることはしっかり頭に入れて、計算高く立ち回っていく必要があるのかもしれませんね。

大それたものではなくとも、希望は失わず、時代を考えて行動していかねばならないことは言うまでもありません。

あくまでもクレバーに。

ということで、今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。

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