瀬戸内寂聴の死刑制度反対の理由!殺したがるばかものは言い過ぎ?

瀬戸内寂聴

瀬戸内寂聴さん(94)の死刑制度反対の声がニュースになっていました。

見出しには『殺したがるばかどもと戦って』とあり、瀬戸内寂聴さんが死刑制度反対・廃止についての過激な発言が物議を醸し出しているとのこと。

この発言に対し、全国犯罪被害者の会(あすの会)の人たちから、僧侶である立場なのに『ばかもの』という言い方はないというとして、今、ネット上では炎上騒ぎになっています。 もちろん、瀬戸内寂聴さんからすると死刑制度反対に対する理由がちゃんとあるのですが、以前より賛否両論分かれているこの議論において、今回は火に油を注ぐ結果となったようです。

瀬戸内寂聴の死刑制度反対に反発の声

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瀬戸内寂聴(せとうち じゃくちょう)さん(94)といえば、作家や僧侶として有名な方ですが、基本的に仏教徒(大乗仏教・天台宗)ということで、死刑制度においては反対の立場を取っています。 ご存知の通り、仏教には仕返しをするという思想はないので、やられたらやり返せという考え方ではありません。

今回、瀬戸内寂聴さんの発言が物議を醸すことになったのは、日弁連が福井市内で開催した死刑制度に関するシンポジウムに寄せたビデオメッセージでの一幕。 瀬戸内寂聴さんは、ビデオメッセージで死刑制度の反対を訴えた後、『殺したがるばかどもと戦ってください』と発言したことで、シンポジウムに参加していた一部の人たちの逆鱗に触れてしまったようです。

 

現在、フィリピンのドゥテルテ大統領が麻薬犯罪に関わった人間を超法規的措置で取締り、すでにこの3ヶ月間で3000人という死者を出したことで国際的に非難が相次いでいますが、フィリピン国内ではドゥテルテ大統領がなんと76%(10/6時点)という高支持率を受けているということが報じられていました。

これは犯罪多発したことへの対策の不満が噴出した形として見られるのですが、そこでいつも壁になっていたのは加害者への『人権』とい二文字です。 今夏、フィリピンでドゥテルテ大統領が就任してからは、犯罪者に人権はないとしてこのような超法規的措置を取っていますが、国民の高い支持率を見ていると加害者への人権の壁が、国際的にも崩れやすくなっているところもあるのかもしれません。

少し話が逸れましたが、瀬戸内寂聴さんの死刑制度反対については、仏教の観点からするとまったく間違っていませんし、このような宗教観があるからこそ、人の心の良心が強くなっていくものです。 しかし、国際的にグローバル化が進む中で、抑制が効かず乱されてしまう秩序というものもあります。 そこで犠牲者になった人たちのことを考えると、今回の発言は少し度を過ぎてしまったところがあるのかもしれません。

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瀬戸内寂聴の『殺したがるばかもの』はさすがに言い過ぎ?

笑顔の瀬戸内寂聴

瀬戸内寂聴さんは、死刑制度に反対・廃止を訴えているのですが、そこにはちゃんとした理由があります。 今回、シンポジウムで発言した内容を端的に説明すると、人が人の罪を決め、裁くことは難しく、死刑制度を続けている日本は前時代的だから、そんなを野蛮さからは距離おき、殺さない勇気を持つことが大切だとした上で、『殺したがるばかどもと戦ってください』とのこと。

しかしながら、これは加害者の人権を守り、被害者や、残された家族からすると、少々余計なひと言だったようです。

死刑制度については、今の日本の司法制度においては合法であり、厳正なる司法判断において為される制度なので、反対・廃止を訴える側からすると語気が強くなってしまうところがあるのかもしれません。 そして、作家である立場や、瀬戸内寂聴さんが歩んできた独特な人生から、『殺したがるばかもの』はいつもの寂聴節という感じもするのですが、これは被害者の気持ちを汲めない言葉だと解釈した人が多かったようですね。

この言葉で大きく炎上することとなった瀬戸内寂聴さんですが、おそらく、炎上で言われているように『殺したがるばかもの』というのは、被害者家族に向けては言っていないと思います。 瀬戸内寂聴さんであれば、それは心の中に生まれる復讐心のことだったり、例えば、何の関係もないのに『凶悪犯罪者は生かすな』と主張する外野に対して言ったことだとも考えられます。

なぜ、このような弁護をするのかというと、瀬戸内寂聴さんは、傷つけられた人や傷ついた人から沢山の相談を受けてきたような人で、死刑制度を反対しているからといって、人権が守られているから犯罪を犯しても良いということは一度も言っていないからです。

たしかに『殺したがるばかもの』は言い過ぎだとは思いますが、それ以上に悩みで苦しんでいる多くの人の心を救ってきた人ですし、このような言い回しはいつもの感じといえばいつもの感じなので、基本的に仏教の観念で物事を考えてる人なので、あまり敏感にバッシングしなくても良いかなとも思います。

瀬戸内寂聴の死刑制度反対の理由

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瀬戸内寂聴さんが死刑制度に反対する理由としては、単純に仏教徒だからです。 僧侶としての身でマスメディアに取り上げられるくらい発言力のある人はいませんが、理屈や常識を超越した宗教的な見地から死刑制度反対・廃止を訴えても、『納得できない』という人の意見が沢山でてきたとしても不思議ではありません。

だからと言って、瀬戸内寂聴さんが『死刑制度は必要だ』というのもおかしな話ですから、やはり、これは仏教において『復讐』の概念がないことから、当然の話といえば当然の話です。

どの立場、観点から死刑制度を見るかで意見は変わってくるものですが、基本的に宗教の多くは『我欲』によって問題が起き、悩みが生まれると言われています。 そして、『嫉妬・妬み』に火をつけることで人生に抑制が効かなくなるそうです。

宗教で『人が人を裁いてはならない』と教えるのは、不要な殺し合いがやがて大きな争いにつながっていくことを説いているからです。 そして、人がどんな過ちを犯したとしても許さなければいけないと教えられるのは、負の連鎖をそこで断ち切るという理由だけではなく、残された人の人生のためでもあるからだと言われています。

犯罪に巻き込まれた被害者や遺族のことを考えれば、一般人である私たちが迂闊なことは言えません。 しかし、瀬戸内寂聴さんに救われた人も沢山いることを考えれば、死刑制度に賛否両論あったとしても、今回は90過ぎのお年寄りの言葉が少々過ぎてしまったのだろうと捉え、あまり怒りで身を包まないようにした方がいいような気がします。

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One Response to “瀬戸内寂聴の死刑制度反対の理由!殺したがるばかものは言い過ぎ?”

  1. こまつなさん太郎 より:

    そもそもシンポジウムの一部を怒らせてる、って時点で悪行でしょうに。どこに向かって火消しを行おうとしているのかわからん。
    ならこっちも「年よりの戯言に耳を貸すだけ無駄」と言っちゃっていいんじゃないすかね。
    尼が仏の言葉を仏教の考え方を元にした言い方しないで話してるって時点でもうだいぶ終わってる。

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