大川小津波訴訟判決がおかしい?控訴の争点をわかりやすく解説!

大川小津波訴訟イメージ

2011年3月11日に起きた東日本大震災から早5年半の月日が経ち、津波で児童74人と教職員10人が亡くなった宮城県石巻市立大川小学校の非難指示を巡る訴訟(大川小津波訴訟)に対し、遺族側が14億円を勝ち取るという判決がニュースで報じられていました。

この大川小津波訴訟の判決がおかしいとして、過失が認められてしまった市と県が高裁に控訴する意向を示したのですが、この控訴に対して遺族がなんと控訴阻止の運動を始めたのです。 しかし、この控訴阻止運動が物議を醸し出し、追い風となっていた遺族側の同情の声がなにやらおかしな方向に…。

いろいろとおかしい様相を呈してきた大川小津波訴訟ですが、今回はこの問題がどのような状況になってきているのか整理する意味を込めて、初心者にもわかりやすいようにまとめてみたいと思います。

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大川小津波訴訟の判決がおかしい?

2016年10月26日、東日本大震災により大川小学校に避難し亡くなった児童74人の遺族(一部)が、学校管理下においての不適切な避難指示による過失死だとして市と県を相手に損害賠償を求めた裁判で勝訴したというニュースが流れていました。

いま、この判決がおかしいんじゃないか?ということが様々なところで話題になっているのですが、いわゆるこの大川小津波訴訟判決の何がおかしいのか、まずはわかりやすくまとめてみましょう。

提訴していたのは大川小学校の23人の児童の遺族19家族。 仙台地裁(高宮健二裁判長)が学校側の過失を一部認め、14億2600万円あまりの損害賠償を命じたとのこと。 この大川小津波訴訟の判決については、当時、大川小学校で児童たちを管理していた教職員の避難指示が『不適切だった』として過失を認められたことになるので、この判決結果は、人によってかなり受け取り方が変わってくるでしょう。

大川小児童の避難経路図(大川小学校児童の避難経路)

ではなぜ、この判決がおかしいという話が出てくるのか?

遺族側は、学校の裏山に上るように避難指示をしていれば子供の命は助かっていたと主張。 そして、地震発生後、約45分間もグラウンドで待機させていた愚鈍さや、津波警報が出ていたのにも関わらず、その後、校庭より約6メートル高い北上川に架かる橋のたもとへ避難をはじめ、津波に巻き込まれたことについて指摘し、大川小学校の教職員を管理している石巻市や宮城県を相手に損害賠償を求めていました。

遺族側の主張をまとめると以下の通り。

  • 教員らは広報車の避難呼びかけで津波の予見ができたはず。
  • 堤防付近への避難は不適当。
  • 裏山に避難させなかったのは明らかに過失である。

たしかに、結果を見れば、学校の裏山に上っていれば生存率は相当変わってくるのですが、まずここで『これは結果論に過ぎない』と見る人が少なくないということ。

そして次に、自然災害時に避難指示の不手際があれば、学校や福祉などの公共施設を運営している地方自治体や国が、税金で多額の賠償責任を負うという判例ができるということです。

 

もちろん、国に損害賠償を求めることが悪いとは言いませんし、場合によっては、国の安全管理や安全教育の強化につながる良い教訓となる場合もあるでしょう。 しかし、これは損害賠償を行なった19世帯の遺族への賠償金であり、少なくとも世界的にも稀有な地震による大津波に対して、当時、適切に対応できず同様に亡くなった10人の教職員を思うと、色々と考えさせられるところです。

遺族の控訴阻止はもっとおかしい?

大川小学校上空写真(大川小学校を上空から)

すると、次は市と国がこの判決を不服として、高裁に控訴する意向を示しました。

これには遺族側が猛反発。

なんと横断幕やらマスメディアやらを持ち出して控訴阻止を働きかけてきたのです。 当然のことながら、控訴自体はまったく問題なく、棄却されなければそのまま高裁で裁判のやり直しとなるのですが、この遺族の行動が話をおかしい方向へ持っていくことになります。

大人(教職員)の指示に従わざるを得なかった子供たちの状況を考えると、世間も『遺族の気持ちを考えれば…』という風潮が強かったのですが、その遺族側のなりふり構わぬ控訴阻止に対して疑問を持つ人が増えてきたのです。 すると、先ほど裁判時に争点となっていた『適切な避難指示』に対する論争に火がつき、このように控訴阻止を行なった遺族側に対して暗雲が立ち込めくるようになってきました。

大川小津波訴訟、遺族の横断幕大川小津波訴訟、遺族の横断幕(大川小津波訴訟遺族側の横断幕)

客観的にこの大川小津波訴訟の控訴阻止を見ていると、やはりあの横断幕は怖い印象を与えてしまっているような気がします。 なぜなら、死亡した中には教職員の方も10人いるからで、控訴阻止の時の『先生の言うことを聞いていたのに』という横断幕や、地裁判決時の『学校・先生を断罪』という文言に違和感を抱いた人は少なくないでしょう。

もちろん、子供を亡くした遺族の気持ちを考えると当然のことで、そこに同情の意を持つ人は大勢いると思います。 しかし、上級裁判所による再審査を求める控訴は当然の権利であり、市議に議案の反対を呼びかけたり、個別に働きかけを申し合わせるなど、控訴阻止する行動に対して少し疑問を持つ人が多かったみたいですが、結果的に、宮城県知事は『(当時)教員はベストを尽くしていた。断罪という言い方は受け入れられない』として、議会の賛成多数を受け、石巻市と足並みをそろえたうえで控訴する方針とのこと。

では、次に大川小津波訴訟の争点についてみていきましょう。

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大川小津波訴訟の控訴について争点をわかりやすく!

大川小津波訴訟の地裁での判決は、県や市に対して過失を認める形となりましたが、どうやら控訴にて高裁での争いになりそうです。 そして、これからどうなるのか注目が集まるところですが、自然災害は予測ができないだけに難しいところです。

特にネットでは色々な意見が出て議論が巻き起こっているので、ここで大川小津波訴訟の争点についてわかりやすく振り返ってみましょう。

【津波到達の予見可能性】

遺族側の主張
大川章が震災前年に改定した危機管理マニュアルには、津波の到来を念頭に置いていた。 防災無線や市広報車、保護者からの情報で津波の襲来を認識できた。

市と県側の主張
大川小は市の浸水予想区域外で、過去、この地区まで津波が到達した記録はない。当時得られた情報から想定を超える規模の津波は予測できなかった。

 

【震災当日の避難行動】

遺族側の主張
適切な情報収集や分析をせず、約45分間、児童を校庭に待機させた。津波の襲来直前、(津波が来る方向の)北上川の堤防道路へ向かったのは、教職員の重大な過失だ。

市と県側の主張
裏山は崩壊や倒木の恐れがあった。長年居住する地域住民も多数犠牲になっている。区長を含む住民と競技し、北上川の堤防道路に向かう判断をしたこと自体が過失とはいえない。

 

【結果回避義務違反の有無】

遺族側の主張
裏山やスクールバスなど被災を回避する手段は十分にあり、全児童を津波から救うことができた。

市と県側の主張
津波を予見してから襲来までの間に安全な場所に移動することは極めて困難で、結果は回避できなかった。

【関連記事】
大川小学校裁判の原告はモンスター家族か?金目当てと言われる理由

これは難しい問題ですね。 確かに今回の地裁の判決をおかしいと考える人がいても不思議ではありませんし、正当な判決と言えばそんな感じもします。 邪推ですが、そこに14億という多額の賠償金がからんでいなければ、遺族の主張はそのまま通っていたかもしれませんね。

愛する家族を失った遺族を思えば、簡単に引き下がることはできないところですが、そこが少し問題をわかりにくくしているところがあるのではないでしょうか? 大川小津波訴訟がどのように解決するかどうか、今後も注目が集まるところです。

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19 Responses to “大川小津波訴訟判決がおかしい?控訴の争点をわかりやすく解説!”

  1. 山内眷司 より:

    学校の先生が可哀想。ありえないことが起こったのだから、判断に迷うのは当たり前の話、神様じゃないんだから。そこまで言えば被害者一同が裁判を起こせば勝つということになるのではありませんか。もとよりそんなことはありえません。子供が可哀想ということは通らないと思います。天災の前には差別はありません。残酷なようですが少しは辛抱とか、あきらめも必要ではありませんか。明らかに1審の誤った判断だったと思います。

    • 安倍和善 より:

      何も分からず投稿しますが、よろしくお願いします。大川小学校の裁判が再度、昨日から仙台高等裁判所で始まりました。私は教職員に断罪を下した仙台地裁や地元の報道機関の一方的な保護者寄りの報道に、居ても立っても居られず、私の知りうる真実を伝えることにしたものです。
       私は東日本大震災が起きた当初、石巻市立小中学校長会一員であり、校長会や市教委との連絡調整をしていました。今回、市と県が控訴しましたが、この件に関して是非参考にしていただきたく、以下の文章を送付しますので、どうぞご一読のほどをお願い申し上げます。

       結論から申し上げますと、大川小学校で起きた災害については全くの想定外の出来事であり、誰にも罪はないはずです。私はほとんど毎月、各学校の課題を取りまとめ市教委との連絡を取っていたわけですが、たぶん全校長が想定外の災害だったはずです。災害発生時の危機管理マニュアルについては、校長会としても取り組んでいましたが、その主なものは災害発生時の児童生徒の生命の安全、とりわけ保護者への引き渡しをどうするかが一つ、そしてもう一つが避難所に指定された場合の対応のあり方が話し合われていました。引き渡しについては、多くの学校が実際に保護者や地域等と連携し取り組んでいました。避難所の運営については、とにかく市や県などの対応がなされるまでの運営と、その後の教育活動をどう整備し教育活動を再開するかの二点でした。津波についてはあまり取り組んでいませんでした。ただ何度か話題にあがったのは、渡波海水浴場のすぐそばの渡波中学校の件です。大津波が来る半年くらい前のことです。海のそばに立地しているにも関わらず避難所に指定されているのはおかしいということで話題になり、市教委に問い合わせたところ、体育館が無理でも2階以上は避難所になり得るという返答でした。当時の状況としては、30年周期に発生するという宮城県沖地震への対応が基本にあり、地震対策が中心でしたが、宮城県でも宮城県沖地震に伴う県内のハザードマップができていることは、私も知っています。12年ほど前、南三陸の本吉郡の学校に務めた時、職員室の中央の壁に貼ってあり、確か津谷や小泉という町の津波の高さが最大10メートルだったことを覚えています。しかし石巻周辺はほとんどが1メートル以下、高くて3メートルだったと思います。このことについては、たまたま私が本吉郡に居たので知っていますが、ハザードマップの存在について石巻市内の先生方のほとんどが知らないでしょう。

       そんな中で大津波が発生しました。大川小学校の川向かいにある橋浦小学校に務めたことがありますが、川口は海が穏やかで津波の心配もないと当時聞いたことを覚えています。たぶん川口の釜谷の人がたくさん命を落としたのも影響したことでしょう。大川小学校は津波の浸水区域になっておらず避難所に指定されていますので、教職員もまさか大津波が押し寄せるとは思っていなかったはずです。僻地ということで職員の入れ替わりも多く、校長先生も知らない土地へ赴任したばかりであり、先ほど述べたように津波に対する危機管理マニュアルは整っていないでしょう。市の広報車が呼びかけたとはいうものの、堤防の下に居て、見えない津波に対しその数分間で今まで積み重ねてきた考えを否定し、意識を変え山に登ることはできなかったことでしょう。津波に対する乏しい知識の中で精一杯尽くした先生方に罪を負わせることは情けないというしかありません。殉職という言葉が出てこないのはいまだ不思議です。

       仙台地裁の裁判長がはたして実態を知って判断したのか。お金で解決すべきではないでしょう。私は単なる裁判長のパフォーマンスとしか思えません。これまでの地元の新聞社の報道、そしてテレビの映像は一方的に保護者遺族へ優位な報道ばかりであり、亡くなった教職員は加害者扱いになっています。その遺族である両親や子供たちが、どれほど苦しい状況に追い込まれるか考えなかったのでしょうか。先日の判決で保護者が「勝訴」、あるいは「教職員に断罪」というプラカードのようなものを掲げた写真が地元の新聞に掲載されましたが、保護者が取るべき行為なのでしょうか。報道の中には生き残った子供の証言もありますが、子供を取り上げていいのでしょうか。亡くなった子供のたちの多くの保護者は反対の立場とも聞いています。私に言わせれば大川小は想定外、むしろ引き渡しで命を落とした子供が居ることの方が問題でしょう。

      最後になりますが、先日亡くなった先生の両親が、負い目を感じながらも周りの人のすすめで何とか大川小学校に足を運んだ記事を読みました。名前が載っていたので電話帳で調べ手紙を送りました。その返事を読み、教職員の遺族は皆、心を痛めつらい思いでいることを痛感しました。どうぞこの文章も参考にしていただき、命を落としてまで子供たちに寄り添った先生方の姿勢や、その遺族の無念をご理解いただければ幸いです。

  2. 高橋哲也 より:

    被害者一同からすれば我が子が亡くなった悲しみ、辛さ、そういった感情をどこかにぶつけずにはいられなかった。結果としてその手段が裁判という形になったのではないかと思う。当事者ではないものが被害者一同をモンスター家族と決め付けるのは如何なものか。しかし一方で責任を学校や市に取らせるのも違うと思う。あの時10mを超える津波が来ると予測できた人がどれだけいたか。ゼロとは言わないがほとんどいなかったと思われます。私も宮城県在住ですが東日本大震災から遡る事30年ほど前に宮城県沖地震が発生しました。その時は震度6強で津波は30cm程度だったのです。その経験もあって今回もせいぜい1m位だろう、多くの人は同様に考えたのではないでしょうか。10m超の津波は誰も経験していないのですから。それを予見できたはずだということに無理が有ると思います。裁判による賠償ではなく震災遺族には特別保障金のような制度があれば良いのではないでしょうか。

  3. 大内さん より:

    これ仮に3mの津波でもなくなってるよね
    子供たち

  4. 山元77 より:

    自然災害時の管理責任の免責を認めると言うことは、自然災害時の管理はデタラメでも責任は追求されないということです
    法はそのようなことは予定していません
    自然災害時であっても管理者としての過失が認められるのであれば責任があるとするのが現在の法律です
    そしてこの判決では15時30分頃までは「ここまで津波は来ることはないだろう」という認識でも問題があるとは言えないと言っています
    広報車からの「津波が松原を超えてきた 逃げろ」との警告情報を入手したにもかかわらず
    その後に適切な回避措置を講じなかったことを過失としているのです
    大きな津波が学校へ向かっているということを知った後の責任が問われているのです
    3.11までは誰もあんな大きな津波がくるとは思っていなかった
    教師の判断は、当時の認識を基準にするとしょうがなかった
    だから教師の責任が問われるのはおかしい
    このような主張は的外れと言わざるを得ません

  5. くり より:

    もし、このニュースに関心がおありなら、
    「あのとき大川小学校で何が起きたのか」を是非読んで下さい。

    ほんとうに酷い話です。
    裁判では言い尽くせない話が沢山ありました。

    事故を見にも来なかった校長先生、指示されたことしか話さずお辞めになったA教諭。
    誰も何もしてくれないので、遺体を一体一体拾い上げた村民。

    今回の裁判の争点は、教師の避難指示一点のみでしたが。
    父兄は本当は、校長とA教諭の真実の説明が聞きたかったのだと思います。
    船長には最後に逃げなければいけない責任があるけど、学校にはそういう規則がないとはおかしな話です。

    • 関係者の方ですか? より:

      >事故を見にも来なかった校長先生、
      事情はありました

      >指示されたことしか話さずお辞めになったA教諭。
      氏の 自殺 をお望みとしか?
      事情にお詳しいようなのでお伺いしますが、「溺れかけた」と述べていた
      ただ一人の生き残りの先生が 服は濡れていなかった との談は
      何方がいつ語ったのか? 複数の証言なのかご存知ではないでしょうか?

      >誰も何もしてくれないので、遺体を一体一体拾い上げた村民。
      津波の被害は 大川小学校 だけ ではなかったのでは?

  6. 関係者の方ですか? より:

    (やはり追記しておきます)
    >父兄は本当は、校長とA教諭の真実の説明が聞きたかったのだと思います。

    ただ糾弾と 自称遺族 が訴訟に勝つための根拠としてでしょうか?

    >船長には最後に逃げなければいけない責任があるけど、学校にはそういう規則がないとはおかしな話です。

    無責任な野次馬は 全くの他責で 言いたいことを言うようで
    亡くなった10人の教師の皆さんに言えるのかな?

    • 関係者の方ですか? より:

      >校長とA教諭の真実の説明が聞きたかったのだと思います。

        真実  (失笑

       現実には 自分の都合の良い 金銭目的の 証言としか望まないのでしょうね

      こういう 屑 が湧く時点で 訴訟した方々 以外の 

      遺族の方々に深く 亡くなったご子息の 冥福 を

  7. 山下 康道 より:

    あれほどの大きな地震、津波が来るまで45分もあったのに、なぜ保護者は迎えにこなかったのでしょう?
    小学校なんですから、徒歩で通える近くに住んでいるんですよね?
    ちょうど下校する時間だったんですから、迎えに来ることも可能だったはずです。

    当時、私の息子の学校では、地震後すぐに多数の保護者が引き取りに来ていました。自分の子が本当に心配なら、すぐに迎えに行ってもっとも安全だと思う避難をすればよかっただけの話と思います。

    本当に自分の子どもが大切だったら、保護者が自分の責任を果たせばよかったんです。

    「家の中がぐちゃぐちゃになったから、片付けていた」とか津波が来るかもしれないのに、大切な子どものことを忘れてそんなことをしていたのだったら、しょうがないじゃないですか。自分の選択の結果がこうなんです。

  8. 関係者の方ですか? より:

    (いろいろと反芻しておりますが)

    >くり より: 2016年11月14日 10:54 PM  さんへ

    >裁判では言い尽くせない話が沢山ありました。

    是非お聞かせ願いたい 「言い尽くせない」? 何を欺瞞戯言を (嘲笑

    >船長には最後に逃げなければいけない責任があるけど、学校にはそういう規則がないとはおかしな話です。

    おかしいのは 全て自己都合で考えられる 貴方の頭ですよ

  9. 人間とは より:

    教師断罪なんて横断幕は、自分が教師の親だったらどう思うか?ということを全く考えてない。
    教師に過失があったか?
    想定外の災害にとっさに対応しなければいけないとき、マニュアル以上の臨機応変な行動をとることがどんなに難しいか。
    まず、パニックに陥る子供をなだめるだけでも大変だったはず。自分も怖い中で。
    裏山がマニュアルに無いということは、安全ではないと判断してもおかしくない。

    これも結果論だけど、子供を放っといて自分達だけなら助かっていたんだよ。大人の脚なら逃げれたんだよ。でも、必死に子供を誘導したから一緒に亡くなったんだ。
    自分がこの教師の親なら、墓の前で、「自分も怖かっただろうに、よくやった。結果は残念だが、お前のせいじゃない。」と言ってやりたい。

    幼い命が奪われたのは悲しい。だが、天災で亡くなったものを誰かのせいにするのはやめろ!

  10. 辻野兼範 より:

    教師が橋に向かうことを選択したことについて
     もし、津波が橋まで来なくて児童教師が津波被災に合わなかったとしても、避難先として海の方にある橋に避難することは間違いです。津波避難は、高い場所(海から反対の)に逃げるのが鉄則だからです。これが理解されていないから、被災者は後を絶ちません。津波の高さと範囲の正しい予見は誰もできません。津波はどこまで、どの高さまで来るのかわからないからです。揺れが小さくても大きな津波が発生する場合もあります(明治三陸地震津波)。近くの高い場所に避難するのが鉄則で、大川小学校の場合、裏山という高い場所があるのだから、仮に危険があっても裏山に避難すべきです。学習で児童生徒は裏山に上がったこともあり、45分間で山の状況を確認する時間はありました。なぜ教師が海の方角に向かう橋を避難先に選んだのか、裁判では明らかにされていません。市は、学校が裏山は危険だから避難先に選ばなかったのは正しいと主張していますが、どのような危険があったのか、裁判で明らかにされたのでしょうか。大川小学校は、津波の避難先を高台としているだけで、具体的に場所を決めていなかったと聞いています。言語同断で、校長と指導をしていなかった市の責任も問われると思います。
     日本海中部地震の時、ある幼稚園は校外学習(遠足)で海岸に向かっていました。丁度お昼前海岸に着いた時に、地震が起き弱い揺れだったので、先生方は心配はないと判断して、防波堤を渡って海岸で海を見ながら昼食をとり始めました。この時、津波に襲われて子供が津波の犠牲になりました。この時の津波は、防波堤を超えることはなく、近くの住民が防波堤から救命浮き輪などを投げて何名かは助かりました。海の近くで地震にあったら、津波が来るかどうかわからなくても、海岸から離れることが鉄則です。これは3.11以前から言われていることです。予見できなかったから、先生方に責任はないとは思いません。
     3.11で亡くなった多くの方々は、私たちに「早く高い場所に逃げなさい」と言っていると思います。これは結果論ではなく、これ以前の津波被災で繰り返し、私たちに投げかけられていることです。

    • 関係者の方ですか? より:

      to 辻野兼範さん
      >これは結果論ではなく、これ以前の津波被災で繰り返し、私たちに投げかけられていることです。

       後知恵による 結果論 ですよ? 何を戯言を

  11. 明日で6年 より:

    天災を人災にしようとしてる事が間違いだろ?

    あの津波の時は誰もが助かりたかったはずだし、そうだった

    教師側だって一人の人間なんだから万能じゃないし、人間は急な事に判断が追いつかないのは仕方ない

    こんなのを人災にするなら津波に飲まれて亡くなってしまった母妹達は誰のせいにするんだ?

    教えてくれ

  12. ありゃ より:

    判決の当否についてはなんとも言えないが、無くなった先生にも家族・遺族がいること、先生は、子どもを助けたと思っていたはずであり、また先生自身も助かりたいと思っていたはずで、悪意は無かったこと、この点を踏まえて議論する必要があるだろう。
    法律論としての責任論は別として、先生を責めるような物の言い方は共感されない。これだけの天災において“あいつが悪かった”という議論は、先生の遺族を不幸にするばかりか、原告となっている子どもの遺族も、最終的には不幸にするだけだと思う。

  13. ありゃ より:

    裏山に避難すれば良かった、この考えは結果論としてだけではなく、当時としても十分にあり得た選択肢だったのかもしれない。
    では何故裏山に避難しなかったのか?
    あれだけの地震のあとで、裏山崩壊の危険、倒木の危険等、色々な危険がある、その点を考えたと言うことはそれはそれで分からないでもない。
    日本では様々な場面で、小さなリスクにも過敏な反応がなされる。裏山に避難して児童が擦り傷だらけになれば大問題だと先生が考えたというのは、確かに有り得るところ。津波という生命を奪う大きなリスクを考えて裏山に避難するというのは英断。しかし、実際に津波の被害が生じなかったときに、児童が擦り傷だらけになったり、あるいは怪我をする児童がいた場合でも、その判断を評価する風土が日本にあるのか。例えば、10回中9回は津波被害が生じない、その場合でも児童が怪我をすることを受け入れ、この判断を評価する考えがなければ、先生に裏山避難という判断を求めることは困難ではなか。日本社会の背景や風土も考慮しないと、不可能を強いることになるのでは。
    更に、多数の児童を裏山に避難させるというのは、数人の避難と違い、先生をして更に困難さを感じさせた可能性もある。先生1人、児童1人であれば、大抵の場合、裏山に逃げたかもしれない。人数が大きくなると、集団はかえって動きが停滞するのは、先生の問題と言うよりも、人が集団となった場合の不可避な現実かもしれない。
    あらためて、先生も津波にのみ込まれて死にたかったわけではない。多数の児童をどう引率・避難すべきか、緊急時の判断に誤りがあったとして、どこまで責任追及がなされるべきか、そうそう簡単な問題ではないだろう。

  14. ありゃ より:

    連投となり申し訳ないが、この訴訟の背景には、教育委員会等の対応が、事後の対応が悪かった、そういう側面があるかも知れない(教育委員会にも言い分はあるだろうとは思うが)。問題は、事後的な対応の悪さを、無くなった先生に転嫁している面が、原告側にもないかという点である。返す返すも、無くなった児童、無くなった先生、等しく冥福を祈りたいところである。

  15. 大森 俊行 より:

     東日本大震災の2万人の犠牲はすべて気象庁の過失です、地震後の15時10分過ぎに、日立製のJPS波浪計が大津波を観測しておりました、気象庁は正確なJPS波浪計の観測値を無視して、気象庁は確立されていない計算上得た不正確な津波警報を発表しました、結果、あきらかに民間・行政に多くの犠牲者がでました。
     大川小学校の先生の過失と一審で判断されましたが、すべて気象庁の過失よって犠牲になったのです。
     JPS波浪計の無念、小野寺五典、衆議院予算委員会で検索すればわかります。
     日本は三権分立なはずだが、司法は行政よりの判断が多々あります。

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