倉敷の公園で猫が虐待遺棄…動物を虐待する人間の心理とは?

酒津公園、岡山県倉敷市

2017年3月15日、岡山県倉敷市にある酒津公園近くの路上で、虐待死したとみられる猫の死骸が見つかっていたことがニュースになっていました。

実家で猫を飼っている私としてはゾッとする内容だったのですが、どうやらこの倉敷市の公園では以前から不審な猫の死骸が相次いで見つかっているとのこと。可能性としては同一犯による動物虐待が考えられるわけですが、何度かこのようなことが続いているということなので無視できない話です。

産経新聞にて報じられた猫の状態から考えてみても普通の人間の所業とは思えないので、この倉敷市の公園にはかなり危険な人物が足を踏み入れていることになります。

一体、どんな人間であればこのようなことができるのか理解の域を越えていますが、動物を虐待する人には色々な共通点もあるようなので、今回はその辺りを詳しくみていきたいと思います。

Sponsored Link

倉敷の公園でネコが虐待死…

2017年3月5日午前8時前、岡山県倉敷市酒津の酒津公園付近の路上で人為的に傷つけられたとみられる猫の死骸が見つかり、現在、倉敷署が器物損壊などの疑いで調べているそうです。

発見したのは近所の女性で、猫の死骸が遺棄されたのは深夜から未明と考えられるのですが、倉敷署の発表によると、猫は別の場所で殺された可能性が高いとのこと。この公園付近で野生猫の保護活動をしていた女性の話によると、昨年も同様の事例が何件か起こっているそうで、以前から猫の不審死が相次いで発見されているそうです。

このように猫の虐待死を繰り返す人物が潜んでいることは恐ろしいことですが、猫を虐待死させたとしても器物損壊罪扱いという事実もあまり知られていないことかもしれません。

2011年にも川崎市で里親サイトから仔猫を貰い受けて虐待死を繰り返す45歳の男が罪に問われることがありましたが(川崎猫虐待事件)、2012年の横浜地裁川崎支部は懲役3年、執行猶予5年(保護観察付き)という判決を下しました。

仔猫を引き取って虐殺を繰り返していた悪魔のような人間でも、執行猶予という無罪放免に近い判決で幕を終えたことは残念に思えるのですが、弱いものをターゲットに絞って虐殺するような非人道的行為に対してはもっと処罰を重くしても良いのではないでしょうか?

倉敷市の公園付近で発見された猫の死骸がゾッとするような状態だったことから、猫を虐殺するような人間が存在していることは確かなのですが、たとえ罪に問われても軽い処罰で済むというのは犯罪抑止力としては疑問を持ってしまいます。なぜなら、このような猟奇性を抑えられないような人間には、大して意味がないのではないかと考えてしまうからです。

この先、犠牲になる猫がなくなるようにしたいものですが、本当に恐ろしい話です…。

動物を虐待する人間の心理とは?

公園の猫

今回気になったのは、猫を虐待する人間の心理について。

猫が嫌いだという人はいますが、実際に猫を虐待したり虐殺する人はかなり少ないと思われますし、猫を動物に置き換えたとしてもそれは同じことです。

一番怖いのが、虐待に潜む異常性がだんだんエスカレートして人間に移っていくパターンですが、たとえそうでなくとも、自ら手を加えたときに動物から恐怖心や苦しみを感じないのは問題があるような気がします。そして、このような行為に嫌悪感を抱く人間がいるということをわかってやっているのか、それともその辺りの感覚が麻痺しているのか…。

動物を虐待する人の心理について調べてみました。

動物が嫌い・歪な自己承認欲求

世の中には犬や猫などペットを愛する人がいますが、同様に動物が嫌いだという人も存在します。たとえ動物が嫌いだとしても、そのほどんどの人は動物をわざわざ虐待しようとは考えたりしませんし、できるだけ動物との接触を持たないようにするのが普通です。

そういう人たちにとって動物嫌いは自然なことなのですが、現実的にはマイノリティ意見になります。

しかし、このようなマイノリティ意見でも、インターネットで閉鎖的なコミュニティなどに属することにより、その感情をより強固にすることが可能になりました。やがてその思想や考えの承認欲求を満たそうとエスカレートしていき、実際に社会的なメッセージを形として残すことがあります。

動物嫌いの場合は、時として歪な自己承認欲求を満たすために、動物を虐待したり、その痕跡がわかるようにすることがあるのです。

ストレスのはけ口(精神的に追い詰められている)

犬や猫のように普通に接することのできる動物を虐待する理由に、虐待をする人がストレスのはけ口として動物をみていることがあります。

人間は精神的に追い詰められていると、そのはけ口が自分よりも弱いものへ向かいます。ひょっとすると、その人自身がいじめられていたり、虐待されているという可能性もあります。

世の中から自分が認められていないと感じる時も、人間は強いストレスを感じます。

犬や猫のようなペットというのは、基本的に人間の愛玩動物として飼われていることが多いのですが、自己承認欲求が満たされない状態だとそこに逆恨みに似た感情が生まれ、そのイライラを動物にぶつけることがあるということですね。

嗜虐的・異常な探究心

これはその人間の中に、動物が苦しむ姿を見たいという嗜虐的なものがあるということです。

人間社会で、その対象が人間であるとサイコパスということになるのですが、嗜虐的に動物を虐待する人間も同様に自分の考えが社会に受け入れられないものであることを理解しています。

同様に、動物を解体したらどうなるのかという異常な探究心といった冷血な側面も持ち合わせており、普通の人間には考えもつかないような非道い虐待をします。

悪魔的な思考を感情に任せて行動に移すだけでなく、それを狡猾にやりとげる頭脳を持っているので非常に危険なタイプの人間だと言えるでしょう。

Sponsored Link

虐待は動物だろうと絶対だめ!

猫は飛び上がるほど嫌いだというドラえもんもびっくりな人や、動物全般が嫌いな人は私の知り合いの中にもいます。

岡山県倉敷市の公園付近に虐殺されたとみられる猫の死骸を遺棄した人間も、ひょっとすると同じような猫嫌いの犯行かもしれません。

ただ、猫が嫌いだとしても、虐待は許される行為ではありません。

今回の事件では、倉敷署が器物損壊罪の疑いで調査するとしていましたが、アメリカやイギリスでは動物であったとしても虐待の罪は非常に重いものとなっています。

産経新聞が報じていたように命を奪っただけではない殺し方には、犯人の猟奇性に対して恐怖を感じるばかりです。猫の皮をはいで遺棄するというのは人間のすることでしょうか?猫も犬も自分の痛みや苦しみを訴えることができるし、そこを無視して虐殺したという事実には戦慄が走ります。

【関連記事】
ゴールデンレトリバーが10ヶ月乳児に噛み付く死亡事故…一体なぜ?

社会に与える影響も小さくないだろうし、このような異常な行為をする犯人を野放しにしておいていいはずはありません。それがエスカレートして小さな子供が狙われたり、社会的弱者へとターゲットが移っていく可能性もあるので、とにかく犯人を逮捕して猫を虐殺した理由を明らかにしてもらいたいものです。

Sponsored Link

コメントを残す

このページの先頭へ