ロヒンギャ問題をわかりやすく!なぜスー・チーは解決に動かない?

ロヒンギャ族の難民

今、ミャンマーで起きているロヒンギャ問題。

2017年8月25日に起きたミャンマー軍によるロヒンギャ族弾圧から、ネットニュースでもよく『ロヒンギャ』という単語を目にするようになりました。

しかし、なぜそれほどまでにロヒンギャ問題が注目されているのか、よくわからないという人も多いかと思います。そして、ミャンマー軍事政権解放を求め『国母』とまで讃えられているアウン・サン・スー・チーが、ロヒンギャ問題に対して、なぜ解決に動こうとしないのかという疑問を持つ人も…。

今回はロヒンギャ問題について、できるだけわかりやすく解説していきたいと思います。

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ロヒンギャ問題をわかりやすく

ロヒンギャ問題を解説するまえに、まず『ロヒンギャ』とは何なのでしょうか?

ロヒンギャとは、ミャンマー西部・ラカイン州に住む人口110万人の国籍を持たない民族のこと。そして、そのほとんどがイスラム教徒です。

一方、国民の9割が仏教徒であるミャンマー人は、異教徒で国籍も持たないロヒンギャのことを、内心「面倒な存在だな…」と思っています。

ミャンマー、ラカイン州、地図

もともとロヒンギャは、19世紀後半にイギリスがミャンマーとバングラデシュの両国に侵入し、植民地化したことで生まれました。当時、イギリスは仏教国であるミャンマー西部・ラカイン州に、バングラデシュ・チッタゴンのベンガル系イスラム教徒を労働者として移民させ、『仏教徒vsイスラム教徒』という対立を作ったのです。

イギリスは、こうした異教徒分子を移民させることで、統治のうまい理由にしていたという歴史があります。

これはイギリスのお家芸とも言える『民族分断統治』で、占領地でわざと争いの火種を作り、被支配者の矛先を自分たちから逸らして統治支配しやすくするという姑息な手法。現在のロヒンギャ問題の大元は、ある意味このイギリスの統治政策にあるとも言えるでしょう。

しかし、第二次世界大戦で日本軍がミャンマーに進駐したことで、1942年にイギリス軍が撤退。日本軍はラカイン人仏教徒(ミャンマー人)に武器を持たせて、問題解決を図ろうとしましたが、結果的に、双方の武力的な対立が激化しただけでした。

そのため、ロヒンギャ族(ミャンマーに住みながら国籍さえ持たないイスラム教徒たち)は、ミャンマー政府から『バングラデシュからの不法移民』として、迫害や追放を受けることとなっているのです。そして、それは現在に至るまで続いています。

これが、いわゆる『ロヒンギャ問題』です。

ロヒンギャ族

先ほども述べたように、ロヒンギャ族(イスラム教徒)とミャンマー人(仏教徒)は、宗教上の違いがあります。そして、ミャンマー人からすると、『ロヒンギャ=迷惑な不法移民集団』という認識。

一方、ロヒンギャ族は、バングラデシュに戻ることも許されず、国籍もないので行き場がありません。迫害され、貧しい生活を強いられようとも、合法的にそこから抜け出すことができないのです。

過去には、そんなロヒンギャ族の貧しさに付け込んで、タイ、マレーシア、インドネシアに違法に難民させるという悪質な難民ビジネスが横行していました。人身売買やケシ栽培(麻薬の原料)で資金を作らせ、違法的にロヒンギャ族をミャンマーから脱出させるという、発展途上国の人たちの貧しさに付け込んだクソのようなビジネスです。

しかし、そんな難民ビジネスも終わりがきます。

2015年に難民の受け入れ先だった、タイ、マレーシア、インドネシアが規制を強化して、不法入国を取り締まるようになったのです。すると、難民ビジネスで金もうけしていたブローカーたちは、ロヒンギャ族からなけなしの金を集めるだけ集めた挙句、邪魔となったロヒンギャ族を森のなかに置き去りにしたり、殺し始めたのです。

ロヒンギャが生活の足しとしていたケシ栽培も、ミャンマー政府により焼き払われました。

このようにロヒンギャ族は、まさに踏んだり蹴ったりの歴史を生きてきたのです。

貧しい生活を強いられているロヒンギャの中には、武装した集団も紛れ込んでいます。彼らに武器を斡旋する、悪いイスラム教徒の仲間たちがいるからです。貧しさ故に泥沼化した彼らは、度々、ミャンマーの警察や軍との衝突も起こすようになりました。

そして、ミャンマー国内において、彼らロヒンギャ族の武装集団はテロリスト扱いとなっているのです。

21世紀最悪のロヒンギャ族虐殺とは?

ミャンマー軍によるロヒンギャ族の焼き討ち

現在、世界的に注目を集めているロヒンギャ問題ですが、そこには2017年8月25日に起きたロヒンギャ過激派による警察や軍施設襲撃事件がに対する、ミャンマー軍のロヒンギャ族弾圧が背景としてあります。

軍によると、25日未明、ラカイン州にある警察署などが、銃や手製の爆弾を持ったロヒンギャ族の武装集団から一斉襲撃を受け、双方で100人以上が死亡したとのこと。武装集団のリーダーは「歴代政権による非人間的な圧迫から人々を解放する」と宣言しました。

これを受けてミャンマー軍がロヒンギャの村を制圧。

その内容は凄惨極まりなく、1,000人以上の死者と30万人近くの難民を生む地獄のような状況を招くこととなったのです。

ミサイルを使ってロヒンギャの村を焼き、攻撃を逃れようと村から逃げ出す人々を銃器狙い撃ち。女たちは暴行を加えられ、男たちはそのまま処刑。その後は証拠隠滅のため、建物ごと焼き払うという泥沼の復讐劇。

こうしたミャンマー軍によるロヒンギャ族弾圧は、現在、『21世紀最悪の虐殺』として世界的なバッシングを受けているのです。

ミャンマー軍がモスクを焼き払った後

そして、ここで問題となるのは、

「悪いのは『ロヒンギャ』『ミャンマー』のどちらなのか?」

というところでしょう。

ここは意見が分かれるところなので言及は難しいのですが、たったひとつだけ言えることがあります。それは、いくら報復のためだとしても『ミャンマー軍が暴力的過ぎる』ということでしょう。上記のような虐殺が真実であるならば、この国は何を持って仏教国を名乗っているのか疑問を抱かざるを得ません。

そして、それをさらに混乱に導いているのが、この蛮行を黙認しているミャンマー民主化の母『アウン・サン・スー・チー』の存在なのです。

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なぜスー・チーはロヒンギャ問題解決に動かない?

近年、ミャンマーは暴力民主化運動により、力でモノを言う歴史から決別する選択をしているはずです。

その象徴となる人物が、長いミャンマーの軍事政権解放を唱え、国民から絶大な支持を受けているアウン・サン・スー・チーです。その功績が認められて、1991年にノーベル平和賞を受賞したことでも有名ですね。

アウン・サン・スー・チー

現在、8月末に起きたミャンマー軍によるロヒンギャ族弾圧があったことで、ロヒンギャ問題に対する彼女のアクションに注目が集まっていますが、解決に向かおうとするはっきりした姿勢がみられません。

このことについて、世界中の平和主義者から、アウン・サン・スー・チーはバッシングを受けているのです。事実上、スー・チーはミャンマーのトップであるという認識が強いので、彼女がミャンマー軍のロヒンギャ虐殺を黙認する姿に違和感を覚えるのでしょう。

ではなぜ、アウン・サン・スー・チーはロヒンギャ問題の解決に動こうとしないのでしょうか?

 

まず、アウン・サン・スー・チーは、ロヒンギャ問題に対してどのように考えているのか見ていきましょう。

ニュースでは、ミャンマー軍の侵攻より、子供を含めた非戦闘員までもが戦火に巻き込まれ、住む場所を追いやられていると報じられていました。人権擁護を考えるならば、これまで彼女が唱えてきたことと、自国軍の蛮行を黙認する態度は矛盾しています

スー・チーは、これまでも「人道に反する犯罪行為や民族浄化の事実はない」と、ミャンマー軍によるロヒンギャ族弾圧を真っ向から否定しています。さらに「仏教徒とイスラム教徒の対立を深める」という理由から、国連調査団へのビザも拒否。(世界的なバッシングもあり、さすがに調査団のビザについては前向きに検討しているとのこと)

これは何かがおかしい…。

 

こうしたアウン・サン・スー・チーの態度を見て、「とうとう化けの皮が剥がれた」「彼女は自己保身に走っている」「平和主義を語った権威主義者だ」と酷評する人が止まらず、ノーベル平和賞の剥奪を求める署名(実際はできないらしい)も相当数集まっているようです。

 

次に、なぜスー・チーがロヒンギャ問題の解決に動こうとしないのか、その原因を整理すると、なんとなく答えが見えてきます。

まず、ミャンマーが軍事政権から民主化に向かっているとはいえ、現行憲法上は、スー・チーよりも軍のほうが上のポジションであるということ。そして、仏教徒の国民がイスラム教徒であるロヒンギャ族を危険視していることと、軍のロヒンギャ族排除の方針が同じだということです。

つまり、利害の一致ですね。

もし、ここで彼女がロヒンギャ族の肩を持つ動きを見せれば、いまある地位からは失脚することになり、誰も彼女を守ろうとしなくなるでしょう。

要は、ロヒンギャ問題は成り行きにまかせるのが、スー・チー、ミャンマー国民、軍の三者にとって一番トラブルのない道なのです。

 

そもそも、イギリス統治政策がミャンマーのロヒンギャを作り、その負の遺産を押し付け合っているのが、いまのロヒンギャ問題の構図です。

貧しいバングラデシュに110万人のロヒンギャ族を受け入れる余裕はありません。対岸の火事としてこの問題を見ている他所の国は、仏教国のミャンマーに対し、100年以上対立してきたイスラム教徒・ロヒンギャ族を「国民として認めたらどうだ?」と言います。そして、豊かなアラブ諸国のイスラムの同胞たちは難民受け入れの声を上げることはありません。

そして、自分たちが過去に行った民族分断統治のことを、絶対に口にしないイギリス。

非常に残酷な話ですが、現状のロヒンギャ問題は答えの見つからない泥沼状態と言えるでしょう。

ロヒンギャ族による日本でのデモ日本でのロヒンギャ族によるミャンマー抗議デモ

ネットではアウン・サン・スー・チーが悪者のように言われていますが、彼女からしても国民の総意を無視するわけにはいきません。だからといって、国民にロヒンギャ族の受け入れを説得するというのも夢物語です。

それは多分、日本に置き換えても同じことが言えるのではないでしょうか?

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ということで、今回はロヒンギャ問題とは何か、できるだけわかりやすく解説してみました。

まとめると、今のロヒンギャ問題は、誰もはっきりした答えを持たないまま、スー・チー批判や宗教上のことで問題をなすりつけ合っている状態ということですね。

そして、その根本にはイギリスの統治政策があることを忘れてはいけません。ロヒンギャ問題については、そこに目を向けさせたくないメディアの力が一部働いていることがあります。私たち日本人がロヒンギャ関連のニュースを受け取る時は、しっかりとその部分を見抜いておく必要がある、ということですね。

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One Response to “ロヒンギャ問題をわかりやすく!なぜスー・チーは解決に動かない?”

  1. 後導電段 博 より:

    とても素晴らしい解説。分かりやすかったです!

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